1992年生まれの私は、創価学会三世です。
祖母が入信し、その後、母や叔母も創価学会員になりました。
私が生まれた頃には、創価学会のある生活が家族の日常でした。
年末年始は神社へ初詣ではなく会館で勤行。
お宮参りはなく、七五三も会館でお祝いをして飴をもらい、写真を撮る。
子どもの頃は、それが普通だと思っていました。
疑問を持つこともなく、「うちはこういう家なんだ」と受け入れていた気がします。
ただ、一つだけ今でも覚えていることがあります。
母はとても勤行に熱心でした。
その姿を見て育った一方で、「もっと一緒に遊んでほしかったな」と感じていた記憶もあります。
私が創価学会を嫌いになった理由は、一つではありません。
少しずつ積み重なった出来事が、いつの間にか「嫌い」という気持ちになっていました。
例えば、座談会への参加を何度も勧められること。
私の家庭では、仏壇の前に座らない私に対して「業が深い」と言われたり、創価学会を否定すると「鬼子」と言われたりすることがありました。
また、何か悪いことが起きると、「勤行をしていないからだ」と言われることもありました。
当時の私は、そうした言葉を素直に受け止めることができませんでした。
さらに、当時は今よりも考え方や規律が厳しかった印象があります。
神社の鳥居をくぐることや、手を合わせることに抵抗があったり、結婚するなら相手にも入信してもらうことや、教会式の結婚式は難しいと言われたり。
子どもの私には、その理由がよく分かりませんでした。
「どうして?」
そう思うことが増えるにつれて、宗教そのものに距離を置きたいと思うようになっていきました。
そして、物心がつく頃には、世間で創価学会がどのように見られているのかも少しずつ知るようになりました。
そこで私が一番苦しかったのは、
「自分で選んだわけではない。」
ということでした。
私は生まれた時から、この環境で育ってきました。
それなのに、「創価学会」という言葉だけで、自分まで嫌われてしまうかもしれない。
そんな理不尽さに、本気で悩んでいた時期もあります。
でも、不思議なことに。
34歳になった今、当時とは少し違う見方ができるようになりました。
なぜ、あれほど嫌いだった私が、今は「創価学会で学んだことが今の自分の支えになっている部分もある」と思えるようになったのか。
その話は、また次の記事で書こうと思います


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